私を奏でる唄

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時々、何となく思い返している詩があります。
詩は様々な思いが凝縮し、結晶化しているためか、時に胸を打ち、長く心に残ります。
これもその1つで、ミニマリストにも通じるこの詩が奏でるのは「私の」唄でもあります。
私自身がこの詩から隔たっていないかを、時々自分に問いかけています。

私の唄

今あるものに満足して生きること。

贅沢よりも優雅さを、流行よりも洗練を求めること。

尊敬されるよりも尊敬に値するように、裕福でなくても豊かであるように。

学びを怠らず、静かに考え、おだやかに話し、率直に行動し、

大自然のささやきと、子供や賢者の語る言葉に、じっと耳を澄ますこと。

どんなことにも明るく耐え抜き、勇敢に行動し、機会を待ち、決して急がないこと。

つまり、魂をありふれた日常の中で磨いていくこと。

──これが私の唄。

これはアメリカの神学者、William Ellery Channingの「My Symphony」という詩で、原文はここにあります。
良い詩なので少し意訳を加えつつ翻訳しました。