日常」カテゴリーアーカイブ

私を奏でる唄

seal

時々、何となく思い返している詩があります。
詩は様々な思いが凝縮し、結晶化しているためか、時に胸を打ち、長く心に残ります。
これもその1つで、ミニマリストにも通じるこの詩が奏でるのは「私の」唄でもあります。
私自身がこの詩から隔たっていないかを、時々自分に問いかけています。
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けはい

nido cafe

治療室では問診表に職業欄というのがあって書いていただいているのですが、時々行なっている出張治療では年齢くらいだけを聞いて治療に入っています。
この時、背中や腕を触れながら、フッと職業のことなどが浮かぶことがあります。
背中のハリや緊張、その人がまとっている雰囲気から何となくわかることがあるのです。
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謹賀新年

snow

あけましておめでとうございます。
元旦はここ数年来の行事だった除雪作業がなく、穏やかな日和で始まりました。
なので、予め手元に溜め込んでいた大量の本に埋もれた幸せな休日を過ごしています。

昨年は、多くの方に大変お世話になった一年でした。
そのご恩に報いるべく、今年も少しずつ前進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
治療は5日(月)からを予定しています。

森の小さな鍼灸室

多忙に付き

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ここ最近、心の病について書こうとまとめていたのですが、そもそも発症した経緯、歴史、定義などを調べていくと当初の予想以上に奥の深い病気だと感じています。
少なくとも薬で魔法のように治る病気ではないし、ハリでも一筋縄ではいかないものです。
それでも光明はあり、そうした症例を書いていたのですが、ここしばらくは忙しくなって、しばらく更新は停止しそうです。

当地は先日大量の積雪に覆われ、冬の訪れと雪掻きの季節の到来を実感しています。
また一段落したら更新を再開すると思います。

セレンディピティ

天使

患者さんと話をしていて、ふいに宝くじ買うのってどうなんですかね、という話になりました。
宝くじは胴元である国家が購入金額の半分以上を取り、残りの分を当選者で分け合う、という形式を取っているので、確率という観点から見るとハイリスク・ローリターンの投資とは呼べないレベルのものです。
この胴元であるギャンブルの主催者の取り分は、宝くじやロト6が50~60%、競馬、競輪、競艇が約25%、ルーレットが約5%、パチンコが3~8%くらいです。
これからすると、宝くじはほとんど勝てないギャンブルで、パチンコより分が悪いといえます。
しかし世の中では時に確率を越えるようなセレンディピティと呼ばれる出来事が起こることがあるので、結論付けるのは難しいとも思っています。

例えばここ数年来を振り返ってみても次のような出来事がありました。
知人の今田さんと一緒に、転勤になる吉川さんの送別会をしていた時のことです。
話題が「珍しい苗字」の話になり、今田さんの高校時代の友人の話が出ました。
その時、吉川さんも奥さんからその珍しい苗字の友人がいる、という話を聞いたことがあると話しました。
今田さんは埼玉出身で、その当時の友人は埼玉県から群馬に転校し、吉川さんの奥さんは群馬の出身でした。
そこで「ひょっとして・・・」という話になり、吉川さんは奥さんにその場で電話して友人の苗字、名前、特徴を確認しました。
その結果・・・同一人物だということが判明しました。

また熊井さんという知人と話していた時のことです。
実家の話題になり、そこは江戸期から続く有名な養蜂家だということでした。
それから数日後、同じ町の三森さんと話していた時、母方の祖母に不幸があり旧家だったので葬儀が大変だったという話が出ました。
何となく興味が湧いて実家の仕事のことを聞いたら「養蜂」だといいます。
立て続けに聞いたキーワードが面白かったので、熊井さんの実家のことを三森さんに話しました。
後日二人が顔を合わせた時に話したところ、実は二人の実家は同じでこの二人は親戚筋にあたることが判明しました。
二人は本州の別の県に住み、別々の時期にこの町に移住してきましたので、かなり珍しい偶然の一致だと思います。

私ごとですが、先年、ドイツに行ったとき、偶然知り合ったドイツで開業していた日本人鍼灸師にお会いしました。
そして話の中で彼女のお兄さんはウチの治療室から徒歩10分の所に事務所があることが判明しました。
彼女は本州の出身で、お兄さんはこの町の移住者であることを思うと、これもかなり低い確率です。

最後に偶然についての決定的な思い出を書いてみます。
高校時代、図書館でZ会という通信教材で英訳の課題を解いていた時です。
アメリカの精神科医が書いたと思われる難しい構文が抜粋されていて、辞書で単語の意味を調べても文章として意味がまとまらず、全然わかりませんでした。
なので気分転換で書庫の中を歩いていき、適当に棚の前で立ち止まり、面白そうな本を物色していました。
ふと手に取った本をパラパラ眺めていると、何となく気になったページがありました。
どこかで読んだことのある文章を見つけた気がしたのです。
ページを戻って探すと該当の文章が見つかりました。
それはなんと!私が解けずに悩んでいた英文の翻訳部分でした。
広く、壁一面にある本の山の中で、偶然日本語版が出ている米国の論文を手に取り、数百ページもの中で、その該当文章をたまたま見つけた、というわけです。
この時、鳥肌が腕、肩、首にのぼっていき、誰かに観察されているのではないかという気がして気持ち悪かったのを鮮明に覚えています。
お蔭でこの課題の時には全国でもトップ20くらいに入る高得点を取り、後にも先にもこの一回だけという記念の図書券をもらいました。

このように人生はふとしたことで確率を越えるような途方もない出来事が起こることを実感しています。
なので宝くじに夢を乗せることは無駄ではない・・・のかもしれませんが、振り返っていてもこうした出来事は無心・無欲である時に起こるような気がします。
だからやっぱり欲にまみれた私が買うことはないのだろうなと思います。

Cute letter

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時々、治療に来る小さな女の子から手紙をもらいました。
ちっちゃな手で書いたたどたどしい文字が胸にジンと来ました。

治療室には4歳の子供から90過ぎのお年寄りまで幅広い年齢の方が見えられ、中には長いスパンで家族ぐるみでお付き合いすることがあります。すると時にその変化や差異に驚かされることがあります。

ちっちゃな子供は元気で走り回り、じっとしていません。
小学校高学年になった女の子は娘っぽくなっていて、成長の早さに驚かされます。
高校生の男の子はやわらかく、ハリのあるしなやかな筋肉がついていて精悍さを感じます。
子供が生まれたばかりの女性の母性を感じさせる柔らかな美しさにハッとさせれらます。
初めての孫ができたと話す50代の方は還暦前でも相変わらずエネルギッシュで生き生きしています。
70を越えた方はうつ伏せから仰向けになる動作はぎこちなく、子供の直後の治療だと驚きます。
90代の方は少しずつ動作がゆっくりになってきて、その流れはハリでも完全には止められません。
そしてそう遠くない将来、見送ることになるのだろうなという予感があります。

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このように色々な世代の方を治療していると、それぞれが別々の存在でなくて、フィルムが1つの帯のようにつながった存在で、治療室ではその各世代のフィルムの一部に接しているような気分になります。
その結果、少なくとも世代に対する相対的な価値の差を感じることはあまりなくなりました。

うちにご縁のある方はこのフィルムの帯の小さな点に過ぎないのかもしれませんが、そうした方々が元気で明るく過ごせるように誠実に努力して行きたい、と「かわいい手紙」に誓いました。

無意識との対話

o0480064012787262108鍼灸は元々は中国医学から生まれました。
中国医学は哲学、政治、科学、医術、果ては占いまで、様々な自然現象やヒトの行いを統括する概念を構築しています。
その概念で行き着くところは「気」です。 続きを読む

メメント・モリ

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小さな町に住んでいると、町の誰かが亡くなるとすぐにわかります。
そして、うちに通院されている方でないとわかると不謹慎ですがホッとします。

これまでうちの患者さんで亡くなられた方はいらっしゃいませんが、癌になったり、関係する身内の方を亡くす方がいらっしゃるので、意外に身近にある「死」というものを意識します。
私はできるだけ自分の好きなように生きればいいなと思っていて、その流れからこの仕事を選んで、人生を元気に生き抜けるようなセルフケアを模索してきました。
人生には「必ず」死という終わりが待ってるわけですから、どのように迎えるのが良いのかというのは子供だった頃から頭にあります。
下のリンクしている著者は京大卒の医師で、老人施設で数多くの自然死を見取ってきた方です。

その方が推奨している死への作法は比叡山の千日回峰行を元にした次のような断食による旅立ちで、うまくいけば大体20日~1カ月ほどで旅立てるそうです。

食事はだんだん減らす。
食べるのは五穀のうち玄米、木食(木の実)の銀杏、そして清酒にする。
清酒は1口ずつ、時間をかけて口に含み、一日中飲んでいてもよい。
つまみは銀杏と炒り玄米を少量、玄米は1日に0.1合程度とする。

食のコントロールは今でもそれなりにやっているので、中々面白い方法だと感じました。
「その時」はきっとまだ先のことでしょうが、たとえ今日その日を迎えたとしても悔いのないように毎日を過ごしていくことが大切なのだと思います。

メキシコのシャーマン世界では「死」を擬人化し、私たちが生きている間、すぐ「左側」で共に伴走してくれ、最後の旅路を案内してくれる「友」としています。
私の鍼灸の師は亡くなる前日まで治療を続け、その日の夜に眠るように旅立ちました。
願わくば師のように自分のやるべきことをやって「彼」と共に行く最後の旅に備えたいものです。

千客万来

先週の週末から今週にかけて立て続けにお客さんが来訪し、会食をしてきました。

まずはこの方です。
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作家であり、また貧困撲滅に関わる社会活動を行なっておられます。
私自身が作品の愛読者であることを広言していたので声を掛けていただき、幸運な出会いを果すことができました。
とてもエネルギッシュで、勢いがあり、それでいて柔軟で人の話を引き出す聞き上手な方でした。
政府とも共同事業をしたこともあり、その中で清濁併せ呑むというか、ちゃぶ台をひっくり返すのではなく、柔軟に対応できる忍耐力や交渉力を身につけたのだろうなと思わせるものでした。
偶然にも私の別の知人とも面識があるようなので、次回はその知人宅での再会を誓って別れました。

もう1人は私がネパールでお世話になった方です。
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日本に留学経験があるので、流暢な日本語、英語を自在に使いこなし、また人懐っこく、明るい人柄で国内に多くの知人がいて、日本を横断する途中に寄って下さったのです。
懐かしくてつい飲みすぎてしまい、自転車にまともに乗れないくらい泥酔してしまいました。
そのため翌朝、つまり今日は重い頭を抱えながら、つらい1日を過ごすことになりました。

私は健康法を模索する中で、少食生活を行なっていますが、この食生活の弱点として暴飲暴食をした時のダメージの大きさを痛感しています。
明日は隣町にある、お気に入りのレストランを案内するつもりですので、私の胃袋には更なるガマンを強いることになりますが、もうひとがんばりしてもらいたい所です。

本読みの戯言

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時々、趣味の話を聞かれることがあります。
私の趣味は、鍼灸、読書、旅の3つで、「やりたいこと」と「やっていること」がほとんど一致している幸せを実感しています。
仕事が終わるとたいてい本を読み、休日も行きつけの喫茶店に本を持ち込んで読書三昧で過ごしています。
本は小説、エッセイ、実用書、雑誌、コミックなど何でも読みますが、その時々に興味を持った事柄について網羅的に読むことが多くあります。
また最近はインターネットでクオリティの高い文章に出会うことが多く、更に楽しみが増えてうれしい悲鳴を上げています。

そしてこうした合間に旅行に行っています。
旅行はただ出かけるだけだと面白くないので、鍼灸や地元の伝統医療を足がかりにして行き先を決めています。
異なる言語や文化に触れながら自身や日本を省みることはとても刺激になり、面白いです。
でも本当はそんな「理由」を越えたもの、そう、登山家が山に登る理由、そしてランナーが走る理由のようなもので出かけるのだと感じています。
つまり「ただそうしたいから行く」ということです。

また旅の延長にあるのが引越です。
未知の土地に住んで、そこを理解するにはどうしても数年は滞在しなければなりません。
国内ばかりですがもう10回くらいは引越し、だいたい一箇所につき長くて5年くらい住んでいます。
今は仕事や趣味を楽しみ充実した日々を満喫していますが、いつか「明日いる所はここではない」という心の声を聞いた時は、身の回りの荷物だけを手にして長い旅に出る日がくるのかもしれません。
それまでは、好きな本をたくさん読み、人体の深遠をハリを通して覗いてみたいと思うのです。

旅のトランク


メメントモリ-あるコメディアンの手紙

最近、癌の患者さんと接する機会がたびたびあり、改めて死というものについて考えています。
人生の先輩と呼べる方々との治療中の交流は、長年連れ添ったパートナーのこと、大切な人との別れ、過ぎ去った青春時代の夢のこと、思うように動かなくなったカラダのことなど、いつか来る未来の一端を感じさせて下さいます。
そうしたことはいつかまた書いてみたいのですが、今日は感銘を受けた手紙から。
作者はアメリカのコメディアン「ジョージ・カーリン」氏で、奥さんを亡くした折に友人宛てに出したものです。

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英雄たちの凱旋

パレード
郷土の英雄による凱旋パレードがありました。
小さな町が朝から何となくソワソワと浮き足立っていて、昼過ぎにはいつもはまばらな歩道に見たこともないほどの人だかりができました。
その数は町民のざっと1.5倍ほど。

間もなく自衛隊の楽団と警察に率いられ、テレビ画面で見た英雄たちがオープンカーに乗って現れました。
驚いたのはその距離の近さで、手を伸ばせば届くほどの所を通っていきました。
そしてリラックスした笑顔がとてもよく、気軽に手を振ったり、知った顔を見つけて指差したり、とてもくつろいでいることが伺えました。
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私には何もかも初めての経験で、こういう距離感の近さは小さな町ならではの醍醐味だなあとちょっと感動しました。
2つのメダルと新婚の奥さんを携えたはじけるような笑顔には、幸せのお裾分けをいただいた気がします。

日記始め

t旅のトランク

新しい日記がようやくカタチになってきました。
ソフトの選定と移行で数日がかりとなり、IT音痴を痛感しました。
ここのタイトルはハリとわずかな荷物だけを持って頻繁に旅に出ることから選びました。
旅だけでなく引越しも10回以上は経験し、人生そのものが旅のようなものです。
私自身は「故郷」、「根を下ろす」という生き方からは程遠く、
易でいう「火山旅」のような「ノマド」、「放浪」という言葉がしっくりきます。

このスペースに、旅の話、そして日々の症例などをマイペースで書いていこうと思っています。