昭和鍼灸の歳月:黎明期の鍼灸

鍼灸の一流派である「経絡治療」について調べている時に参考にした本です。

著者は鍼灸師の上地 栄(かみち・さかえ)氏(1920−98)です。
本書は、昭和初期に経絡治療を作り上げたグループの軌跡を描いていました。

上地氏は沖縄で生まれ中央大学法学部に進学しますが、1943年に学徒出陣のために中退することとなりました。
68年に年東洋鍼灸専門学校卒業し、日本の伝統鍼灸の学会に所属しながら臨床や教育にあたってきました。
同時に鍼灸史研究をライフワークとしており、古式の伝統を伝える治療家に教えを請い、古書を蒐集しながら精力的に研究を続けてきました。
本書はそうした長年の研究が結晶化したもので、昭和初期の日本伝統鍼灸の構築を目指す若手グループの活躍を描いたものです。
元々は小野文惠氏が発行していた機関紙に好評連載されていた(1972−80年)もので、今回の出版にあたり大幅な加筆修正が加えられていました。

日本の鍼灸は仏教と共に伝来した中国医学を土着させて、江戸時代まで漢方と共に国内医療を担ってきました。
しかし明治期に入ると西洋医学を中心とした医制の改革が行われ、衰退を余儀なくされました。
辛うじて漢方は生薬店、鍼灸は視覚障害者の福祉政策として残ることができましたが、蓄積されてきた知恵と技術は散逸してしまいました。
時を経て昭和初期になると、日本鍼灸を再興しようという人たちがキラ星のごとく現れ、運命に導かれるようにして集います。
柳谷素霊、竹山晋一郎、井上恵理、駒井一雄、岡部素道、小野文惠らです。
学校を出ても治療ができない、いわゆる特効穴というものを使っても効果がない。
そんな所から出発した彼らのグループが、家伝の治療法や中国の古医書から導いた理論を臨床で試行錯誤し、経絡治療という体系にまとめ上げる姿が描かれていました。

「我々の先輩は、東洋2000年の文化遺産の中から古典的治療法を発掘してくれた。
それを随証療法として捉え、再構成し体系化して経絡治療として結実させた。
古典の中に現代の息吹を吹き込んで復活させたのである。」

本書では各人物にスポットを当て、伝統的な治療体系を模索する姿が描かれていました。
黎明期特有の明るさと荒っぽさの中で、柳谷素霊の見せる人情味あふれる思いに胸が熱くなり、また後の大家と呼ばれる若者たちの青春群像に重ね合わせて物語は展開していました。
特に終盤の柳谷の思い出が、年上の弟子による回想で語られるシーンは印象に残っています。

「試験会場に向かう途中で、向こうから見たような人がやってくる。
それが柳谷先生なんだ、驚いたね。
先生は私の肩を叩いて、『済ませてこいよ』と言うんだ。
親にでもあったような気がして涙が出たなあ。」

「治療についても、こんな風に言っていた。
『臨機応変にやるんだ。
治る時は治るし、治らない時は治らない。
あんたには人生経験がある。
人よりその分は上なんだから。』
人間、年じゃないね。
だって先生は私よりも17も年下なんだから。」

かなりの分量でしたが読ませる文章で、読了まであっという間でした。
著者は膨大な文献を紐解き、貴重な生き証人を訪ね歩いて本書をまとめたことが伺え、深みのある内容となっていました。
経絡治療の実践者はもちろん、鍼灸学生が読んでも楽しめるものだと思います。